毎年800万人から1,000万人の観光客が訪れるベルサイユ宮殿。
自分達で、ゆっくりとベルサイユ宮殿の敷地を満喫したい方!
日本人の方は、ツアーに参加される方も多いでしょうが、ツアーは、通常3時間もかけずに宮殿内の見学のみで終わってしまいます。
自分達で訪問して、まる一日この広大な宮殿の敷地を楽しみましょう。
本当に楽しいのは、宮殿を出てから。王妃の村里など、広大な庭園も忘れずに楽しんでください。
かの有名なマリー・アントワネットの住んだ宮殿、パリをおとずれたら必見です!
宮殿敷地内の主な見どころを紹介します!
ベルサイユ宮殿内
鏡の回廊
ベルサイユ宮殿で最も有名な部屋のひとつです。
テレビでよく見るのはこのお部屋。
この息を呑むような広間には357枚の鏡の回廊があり、歴史があります。
歴史上では、1919年に鏡の回廊でヴェルサイユ条約が調印され、第一次世界大戦が終結した場所です。
戦いの回廊
歴史的な出来事を描いた絵画が壁一面に飾られた部屋。ルイ フィリップ1世は、フランスの軍事的努力を称えるためにこのギャラリーを作りました。
絵画の大きさと、フランスの歴史を誇る愛国心がひしひしと迫ります。
王の寝室 キングス・ステート・アパートメント
ベルサイユ宮殿の中の王様の部屋です。
ルイ14世が訪問者をここで迎えた時代、ヨーロッパ中から集まった官吏や君主が歩いた空間。
真紅と金色のイタリア風の調度品、貴重な絵画、クリスタルのシャンデリアが飾らています。
実際には、ルイは実際に王の居室に住むことはなく、儀式や公式の接待、そして太陽神のイメージを強めるためのマーケティングの空間でした。
プライバシーが保たれた、よりこじんまりとした部屋は別にありました。
彼の後継者であるルイ15世とルイ16世が、後にこの私室を拡大し、図書館、ダイニングエリア、研究室、科学的なギャラリー、さらにはゲームルームなど、個人的な使用や娯楽のための部屋を増やされました。
王妃の寝室 クイーンズ・ステート・アパートメント
王妃の寝室に入ると、すぐに装飾の違いに気づきます。
王の寝室は、ダークな色調と豪華な羽目板が特徴。
これとは対照的に、この部屋は、王妃マリー・アントワネットが好んだ、淡い色調の花柄がかわいいです。
壁掛けやベッド掛けに使われている生地は、リヨンで織り直されたオリジナルの正確なコピー。
マリーアントワネットは、シャトーにいるほとんどの時間を広々とした寝室で過ごした。
来客を接待したり、なんと、出産もしたようです。
しかし、友人と食事をしたり、リラックスする時は、自分だけの特別な場所がありました。この場所もかならず行ってみてください。紹介は後に続きまね。
ロイヤル・チャペル
王室礼拝堂は、建設に20年以上を要し、110人以上の彫刻家やその他の芸術家が。華麗な彫刻、絵画、装飾に取り組み、1710年に完成されました。
礼拝堂の高さは約 44メートル。宮殿の中で最も高い部分です。
王族は上層階でミサに参列。壮麗な絵画の天井やドームを間近に眺めます。
他の宮廷人や一般市民は、1階からの参列でした。
1770年、14歳のマリー・アントワネットが15歳の王太子(後のルイ16世)と5,000人以上の招待客の前で結婚式を挙げた場所でもあります。
ダイヤモンドと真珠で飾られたウェディングドレスの花嫁と、銀のスーツに身を花婿。
式の後、20万人の観衆が敷地内で花火を鑑賞しました。
ヴェルサイユの庭園
小道を歩く 庭園は、平日は入場無料です。ただし、噴水ショーがある時には入場料が必要です。
私は、一日かけて、歩いてまわりました。
敷地は広大なので、歩いて回るのはなかなか大変。
自転車やゴルフカートをレンタルできる場所もあるので、敷地内をドライブしながら回るのもいいですね。
大トリアノン宮殿
- ルイ14世と愛人モンテスパン夫人とのプライベートな場所
この宮殿は、ルイ14世が、当時の愛人であったモンテスパン夫人と会うためのプライベートな場所が必要だったということ。
宮廷生活の厳格な規則やプライバシーの欠如からの逃避場所でした。
ルイ14世は、ピンクの大理石できた小さな宮殿と庭園の建設を依頼。
すべての部屋から香り豊かな花々が咲き乱れる庭園を眺められるように宮殿を設計しました。
この小さな宮殿は、ルイとその愛人との関係と同様に、すぐに崩壊してしまいました。
何世紀もの間、大トリアノンは、ルイ一族とその子孫、ナポレオン・ボナパルトとその2番目の妻、そして王政復古後のルイ=フィリップ王とその家族など、さまざまな支族の住まいとなってきました。
小トリアノン宮殿と庭園
- ルイ15世と愛妾ポンパドゥール夫人とのプライベートな場所
ルイ15世は、1760年代に当時の愛妾ポンパドゥール夫人のために小トリアノン宮殿を建設しました。
が、ポンパドゥール夫人は完成前に亡くなり、後継者のデュ・バリー夫人が代わりに住んでいました。
小トリアノンの近くには、植物園、樹木園があり、熱心な植物学者であったルイは、珍しい植物を作るという趣味の場でもありました。
しかし、後に小トリアノンを最も愛用したのは、マリーアントワネットでした。
マリーアントワネットは、1774年にルイ16世が即位した際に、小トリアノンとその周辺の庭園をルイ16世から贈られました。
当時まだ19歳と20歳だった二人は、王宮の圧力、束縛、陰謀、批判的なゴシップに苦しんで
小トリアノンはすぐにマリーアントワネットの隠れ家となりました。
マリーアントワネットの明確な同意がない限り、誰も立ち入ることは許されませんでした。
愛の神殿
- マリー・アントワネットと恋人のフェルセンと逢瀬を重ねたとされる場所
マリーアントワネットにより、英国風のデザインに変更した愛の神殿。
”ベルサイユの薔薇”の漫画をご存じですか?知っている方は、この愛の神殿、漫画の中にでてきますよね。
マリー・アントワネットがスウェーデンの名門貴族で、恋人のフェルセンと逢瀬を重ねたとされる場所です。
王妃の村里
- “質素な暮らし “のビジョンを満喫するだけの貴族の遊び場
王妃の村里は、イギリス式庭園風に理想的な村を模して、居住用ではない装飾用の建築物が建てられている田舎風の村です。
マリー・アントワネットのためにヴェルサイユ宮殿の一角、小トリアノンに建設。
広大な敷地を所有し、”質素な暮らし “のビジョンを満喫するだけに、資金があてられた、貴族の遊びです。
マリー・アントワネットは絵のように美しい納屋、製粉所、酪農場、鳩小屋を含む12棟の素朴なコテージや建物など田園風景を作りました。
ここが、王妃が宮殿で最も愛した場所です。
食事処
広大な宮殿敷地内にはいくつかお食事どころがあります。
ラ・プティ・ヴニーズ レストラン(La Petite Venise)
私がランチをしたのがこのレストランです。
宮廷をでて、お庭の奥へと歩いていきます。
庭園内を流れる大運河の北側、プティ・ヴニーズ広場沿いのレストラン。「小さなヴェネチア」の名の通り、イタリア風のメニューが充実。お値段の目安は一品10~20ユーロほど。
今の世界基準からすれば、けっして高くはありません。私はパスタを注文しました。お味は、華丸!
オーディオガイド
12ヶ国語で利用できるオーディオガイドも借りれます。
まとめ
ベルサイユ宮殿を最大限に楽しむには、1日中滞在することをお勧めします。
パリのディズニーランドは一日滞在するのに、本物の宮殿と歴史を目の前にして、それをたったの数時間で通り過ぎるのは、あまりにも、勿体無い!
私は朝9時から5時前まで、一日いました。
それでも、まだまだ飽きたりないスケールの楽しさ。
宮殿と、お庭の散策、ランチに、アフタヌーンティー。
まる一日、しっかりとフランス貴族の生活を回想してみて下さいね。
オフィシャルウェブサイト ベルサイユ宮殿
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